湾岸戦争における多国籍軍の目的はなんでしたか? |
Q.湾岸戦争における多国籍軍の目的はなんでしたか? 湾岸戦争における多国籍軍の目的は、主に以下の2つに集約されます: 1. イラク軍によるクウェート侵攻からの撤退要求(国際法の回復)1990年8月2日、イラクのサッダーム・フセイン政権は、隣国クウェートに侵攻・占領しました。これに対し、国連安全保障理事会はすぐに非難決議を採択し、イラクに対してクウェートからの無条件撤退を要求しました。 その結果、国連安保理決議第678号(1990年11月29日)により、1991年1月15日までにイラクが撤退しなければ、「すべての必要な手段(武力を含む)」の使用が許可されました。 2. 中東地域の安定と国際秩序の維持イラクによる一方的な領土拡大は、国際秩序への重大な挑戦とみなされました。また、イラクがクウェートを制圧することで、世界の石油供給の約20%を支配する危険性があったため、アメリカを中心とする西側諸国はこの動きを阻止しようとしました。 補足:多国籍軍とは?
まとめ湾岸戦争における多国籍軍の目的は、
とても鋭いご質問です。結論から言うと:
その理由を詳しく解説します:? 国連決議の枠組み多国籍軍は、国連安保理決議678号に基づいて武力行使を行いました。この決議の内容は:
しかし、この決議には**「イラクの体制転覆」や「サッダーム・フセイン政権の打倒」**という文言は一切含まれていません。 ? アメリカの戦略的判断アメリカは軍事的にはバグダッド(首都)を攻撃し、政権転覆する能力を持っていましたが、以下の理由からそうしませんでした:
補足:のちの「イラク戦争(2003年)」との違い2003年のイラク戦争では、アメリカ主導で**「大量破壊兵器の存在」や「テロ支援国家」としての危険性**を理由に、フセイン政権の打倒が明確な目的となりました。これは湾岸戦争とは全く異なる戦争です。 まとめ
ただし、戦後には**イラク国内で反フセインの蜂起(主にシーア派・クルド人)**が起こり、それに対してアメリカが支援しなかったことが、のちの批判の的にもなりました。
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