Q.自慰について、日本と欧米とでは、考え方に違いはありますか?
とても良い質問ですね。
自慰(マスターベーション)に対する考え方は、日本と欧米(特にアメリカ・ヨーロッパ)では文化的・宗教的・社会的背景の違いから、確かに異なる傾向があります。以下に主な違いを整理してみます。
日本の考え方
1. 性的なことは「公に語らない」文化
2. 罪悪感は比較的少ないが、タブー感はある
3. メディアとのギャップ
欧米の考え方
1. 性教育の中で「健康的な行為」として扱う
2. 宗教的背景による差
3. ジェンダー・性的多様性と結びつく
まとめると
| 観点 |
日本 |
欧米 |
| 社会的態度 |
公に語られない、控えめ |
オープンに議論されることが多い |
| 宗教的要素 |
ほぼなし |
地域によって影響あり |
| 性教育 |
あまり触れないことが多い |
健康教育の一部として扱う |
| メディア描写 |
豊富だが現実とは乖離 |
制限あるが議論は活発 |
| 罪悪感 |
あまりないが恥の意識 |
宗教次第だが減少傾向 |
Q.過去において、カトリックやプロテスタントでは、自慰は「罪」と考えていたのですか?
はい、非常に重要な点です。
結論から言うと、カトリック・プロテスタントの双方とも、歴史的には自慰を「罪」と見なしてきた時期が長く続きました。
ただし、その理由や重視の度合いは、時代や宗派によって少しずつ異なります。
以下で、時代ごとの流れと神学的背景を整理します。
? 1. 古代?中世のキリスト教世界:
「性=生殖のためのもの」という考え
聖書的根拠(とされたもの)
? 2. カトリック教会の立場(中世?近代)
-
トマス・アクィナス(13世紀)は、自慰を**「自然法に反する罪」**と明確に位置づけました。
→ 彼は「人間の性は生殖のためにある。それ以外の目的での性行為は不自然」と論じています。
-
カトリックではこの考えが長く維持され、自慰は**「大罪(mortal sin)」**に分類されました。
-
罪の理由は「肉欲に支配されること」「生殖の目的を逸脱すること」とされました。
?? 3. プロテスタントの立場(宗教改革以降)
-
ルターやカルヴァンらも、基本的にカトリックと同様に、性行為は結婚と生殖に限定すべきと考えました。
-
特に清教徒(ピューリタン)などでは、自慰は**「怠惰・肉欲・自制の欠如」**の象徴として厳しく非難されました。
-
17?18世紀には、「自慰は心身を蝕む」「視力を失う」などの医学的迷信と結びつき、宗教・医学の両面からタブー視されます。
(これは特にプロテスタント圏の英国やアメリカで顕著でした。)
4. 20世紀以降の変化
-
20世紀半ば以降、性科学・心理学が発展し、自慰が健康で自然な行為であると理解されるようになります。
-
1960?70年代の「性の解放」運動を経て、欧米では宗教的なタブーが急速に弱まりました。
-
現在のカトリック教会も、「道徳的に望ましくはない」とはしつつも、
以前のような「重罪」扱いはしていません。
→ 現代のカトリック倫理では、**「罪ではあるが、状況や心理を考慮して判断すべき」**という柔軟な立場をとっています。
(例:『カトリック教会のカテキズム』第2352項)
まとめ
| 時代・宗派 |
立場 |
理由 |
| 初期教会 |
罪(生殖目的以外の性行為は不自然) |
原罪・肉欲への警戒 |
| 中世カトリック |
大罪(自然法に反する) |
トマス・アクィナスの神学 |
| プロテスタント(ピューリタン) |
厳しく罪とみなす |
自制・道徳・勤勉の価値観 |
| 近代(18?19世紀) |
医学的にも「有害」説が広まる |
宗教+擬似科学の融合 |
| 現代(20世紀以降) |
罪ではあるが、状況次第 |
科学的理解と宗教倫理の折り合い |
|