自慰について、日本と欧米とでは、考え方に違いはありますか?

Q.自慰について、日本と欧米とでは、考え方に違いはありますか?

とても良い質問ですね。
自慰(マスターベーション)に対する考え方は、日本と欧米(特にアメリカ・ヨーロッパ)では文化的・宗教的・社会的背景の違いから、確かに異なる傾向があります。以下に主な違いを整理してみます。


日本の考え方

1. 性的なことは「公に語らない」文化

  • 日本では、性に関する話題を公の場であまり話さない傾向があります。
    これは恥の文化や、社会的調和を重んじる価値観によるものです。

  • そのため自慰についても、「ある程度は普通のこと」だと理解されつつも、積極的に語られないことが多いです。

2. 罪悪感は比較的少ないが、タブー感はある

  • 欧米のような宗教的な禁忌は薄いため、罪悪感はあまり強くない

  • ただし、教育現場や家庭で明確に話題にされることは少なく、**「人に見せないもの」「隠すもの」**という意識は強いです。

3. メディアとのギャップ

  • アダルトコンテンツが非常に多く、自慰が「娯楽的」に描かれることも多い。

  • しかし、現実の性教育や自己理解の面では、知識の不足や偏見が残る面もあります。


欧米の考え方

1. 性教育の中で「健康的な行為」として扱う

  • 欧米では(特に北欧や西欧)、自慰は性の自己理解やストレス軽減の一環として教育されます。

  • たとえばスウェーデンやオランダでは、学校の性教育で
    「自分の体を知ることの一つ」としてオープンに説明されます。

2. 宗教的背景による差

  • カトリックやプロテスタントの影響が強い地域(アメリカ南部など)では、
    いまだに「罪」とする考えが残ることもあります。

  • しかし近年は科学的・心理的な理解が進み、全体として受容的な方向に向かっています。

3. ジェンダー・性的多様性と結びつく

  • 欧米では「性的自己決定権」の一部として、自慰が性の多様性・自己表現と関連づけられることがあります。

  • 性教育やメンタルヘルスの文脈でも、自慰は「自然で健康的」な行為と説明されます。


まとめると

観点 日本 欧米
社会的態度 公に語られない、控えめ オープンに議論されることが多い
宗教的要素 ほぼなし 地域によって影響あり
性教育 あまり触れないことが多い 健康教育の一部として扱う
メディア描写 豊富だが現実とは乖離 制限あるが議論は活発
罪悪感 あまりないが恥の意識 宗教次第だが減少傾向



Q.過去において、カトリックやプロテスタントでは、自慰は「罪」と考えていたのですか?

はい、非常に重要な点です。
結論から言うと、カトリック・プロテスタントの双方とも、歴史的には自慰を「罪」と見なしてきた時期が長く続きました。
ただし、その理由や重視の度合いは、時代や宗派によって少しずつ異なります。
以下で、時代ごとの流れと神学的背景を整理します。


? 1. 古代?中世のキリスト教世界:

「性=生殖のためのもの」という考え

  • 初期キリスト教では、性行為そのものは「原罪に由来する肉欲」として慎重に扱われました。

  • **性の目的はあくまで「子をつくること(生殖)」**とされ、それ以外の性的行為(同性愛・避妊・自慰など)は「不自然(contra naturam)」とされました。

聖書的根拠(とされたもの)

  • 実際、聖書そのものは自慰について明確に言及していません。
    しかし、「オナンの罪」(創世記38章)を根拠にそう解釈されてきました。

    • オナンは兄の妻タマルと交わるよう命じられましたが、種を地にこぼした(体外射精した)ために神に罰せられた。

    • この話から「自分の種を浪費する=罪」という読み方が広まりました(ただし、現代聖書学的にはこの解釈は誤りとされています)。


? 2. カトリック教会の立場(中世?近代)

  • トマス・アクィナス(13世紀)は、自慰を**「自然法に反する罪」**と明確に位置づけました。
    → 彼は「人間の性は生殖のためにある。それ以外の目的での性行為は不自然」と論じています。

  • カトリックではこの考えが長く維持され、自慰は**「大罪(mortal sin)」**に分類されました。

  • 罪の理由は「肉欲に支配されること」「生殖の目的を逸脱すること」とされました。


?? 3. プロテスタントの立場(宗教改革以降)

  • ルターやカルヴァンらも、基本的にカトリックと同様に、性行為は結婚と生殖に限定すべきと考えました。

  • 特に清教徒(ピューリタン)などでは、自慰は**「怠惰・肉欲・自制の欠如」**の象徴として厳しく非難されました。

  • 17?18世紀には、「自慰は心身を蝕む」「視力を失う」などの医学的迷信と結びつき、宗教・医学の両面からタブー視されます。
    (これは特にプロテスタント圏の英国やアメリカで顕著でした。)


4. 20世紀以降の変化

  • 20世紀半ば以降、性科学・心理学が発展し、自慰が健康で自然な行為であると理解されるようになります。

  • 1960?70年代の「性の解放」運動を経て、欧米では宗教的なタブーが急速に弱まりました。

  • 現在のカトリック教会も、「道徳的に望ましくはない」とはしつつも、
    以前のような「重罪」扱いはしていません。
    → 現代のカトリック倫理では、**「罪ではあるが、状況や心理を考慮して判断すべき」**という柔軟な立場をとっています。
    (例:『カトリック教会のカテキズム』第2352項)


まとめ

時代・宗派 立場 理由
初期教会 罪(生殖目的以外の性行為は不自然) 原罪・肉欲への警戒
中世カトリック 大罪(自然法に反する) トマス・アクィナスの神学
プロテスタント(ピューリタン) 厳しく罪とみなす 自制・道徳・勤勉の価値観
近代(18?19世紀) 医学的にも「有害」説が広まる 宗教+擬似科学の融合
現代(20世紀以降) 罪ではあるが、状況次第 科学的理解と宗教倫理の折り合い